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余談として (カーテン)

カーテン1



会社の寮にいるのですが


会社の備品として 部屋についてるカーテンが長すぎて



このように 引き摺った形になっているため





窓を開けた際



カーテンがヒラヒラするのみならず


畳の上を引き摺って「ズズズズ……」



慣れればいいのかも知れないけど



怖がりな私には不快でしかなくて(>_<)




なので 今日は




まさかの「カーテンの裾上げ」(^_^)b



カーテン2





計4枚のカーテンを


とにかくひたすらチクチク(笑)



これで



一つの問題 解決(≧∀≦)v





カーテン3








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第一段 災難の来由 ②

 [本文] (御書 234ページ 11~15行目)


主人の曰く、独り此の事を愁(うれ)ひて胸臆(くおく)に憤(ふん)ぴす。客来たりて共に嘆く、屡(しばしば)談話を致さん。夫れ、出家して道に入(い)る者は、法に依って仏を期(ご)するなり。而(しか)るに、今、神術(しんじゅつ)も協(かな)はず、仏威(ぶつい)も験(しるし)無し。具(つぶさ)に当世の体(てい)を観るに、愚かにして後世(こうせい)の疑ひを発(お)こす。然(しか)れば則(すなわ)ち、円覆(えんぶ)を仰いで恨みを呑み、方載(ほうさい)に俯(ふ)して慮(おもんばか)りを深くす。倩(つらづら)微管(びかん)を傾け、聊(いささ)か経文を披(ひら)きたるに、世(よ)皆(みな)正(しょう)に背き、人悉く悪に帰す。故に、善神(ぜんじん)国を捨てて相去(あいさ)り、聖人(しょうにん)所を辞して還(かえ)らず。是(ここ)を以て、魔来たり鬼(き)来たり、災起こり難起こる。言はずんばあるべからず、恐れずんばあるはべからず。



[通解]


主人のいわく。

自分は一人このことを愁いて、胸中に思い悩んでいたが、あなた(客)が来て共に嘆くので、これについて少々語り合おうと思う。

そもそも、出家して仏道に入る者は、正法(しょうぼう)によって成仏を期(ご)するのである。しかるに、今や神術もかなわず、仏の威徳による験(しる)しも顕われない。

つぶさに現在の世の中の有り様をみると、民衆は愚かにして、後輩としての疑いを起こしている。しかして、天を仰いでは恨みを呑み、地に伏しては、深く憂慮に沈んでいる。

わずかばかりの眼を開いて、少し経文を開いてみるに、世の民衆は皆正法に背き、人々は悉く悪法に帰依している。

ゆえに善神は国を捨てて去ってまい、聖人は所を辞して帰ってこない。このため、善神・聖人にかわって魔神・鬼神が来て、災が起こり、難が起こるのである。

このことは、声を大にして言わなければならないことであり、恐れなくてはならないことである。





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「御書」について

今日§ASAGI§さんがこういうコメントをくれました

> 御書を持てるって有り難いですよねq(^-^q)
> 法華講員には当たり前の事ですが、御書を持てないケンショー会員は、例えば六法全書を持ってない弁護士みたいなモンですね(笑)


このコメントに対して そのままレスしようと思いましたが 書き込もうとしたことで あることを思い出しました




私が顕正会に疑問を抱くようになったとき 総班長と電話で話した際のことです



いろいろ疑問等をぶつけている中で


私が 「もっと御書を知りたいし」と言ったのに対して


総班長は 「そんなもの持ったってね」って言ったのです



続きとして 「御書なんか持ったって読めるわけないし 先生の教えてくれる大事な部分だけ知ればいいの! 他のとこなんか知りたくもない」


他にもいろいろ続きましたが それはさて置き



他でもなく「御書」を「そんなもの」呼ばわりしたことに 凄くショックを受けたこと未だに忘れません




浅井センセーが悪書呼ばわりする破折本等を「そんなもの」というならまだしも 他でもなく 大聖人様の御金言が詰まりに詰まっている「御書」をですよ


センセーの書く本以上に大事な物じゃないんですか?!



先生の指導さえ受けてれはいいということも言ってました




極端に言いますが


学生が 教科書も持たずに授業だけ受けてるような仕組み


おかしいと思いませんか?



あなたが学生時代 勉強したって解らないのだからと 教科書を持たずに授業を受けていましたか?

授業に出てるだけでいいんだからと 教科書開かずに 見ないまま授業を受けていましたか?



自分で読める 読めないではありません

全部解る 解らないではありません



大聖人様の仏法をやる以上は 大聖人様が書き顕わしてくれた 一生かけて書き顕わして下さった御金言が詰まっている「御書」を 少しでも知りたいと思うものじゃないですか?




今は本当に自分で拝せることが有り難いです




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第一段 災難の来由 ①

[本文](御書 234ページ 1~10行目)


旅客来たりて嘆(なげ)いて曰(いわ)く、近年より近日に至るまで、天変地夭(てんぺんちよう)・飢饉(ききん)・疫癘(えきれい)、遍(あまね)く天下に満ち、広く地上に迸(はびこ)る。牛馬巷(ちまた)に斃(たお)れ、骸骨(がいこつ)路(みち)に充(み)てり。死を招くの輩(ともがら)、既に大半に超え、之(これ)を悲しまざるの族(やから)、敢(あ)えて一人(いちにん)も無し。

然(しか)る間、或(あるい)は「利剣即是(りけんそくぜ)」の文(もん)を専(もっぱ)らにして西土(さいど)教主の名を唱へ、或は「衆病悉除(しゅびょうしつじょ)」の願を恃(たの)みて東方如来(とうほうにょらい)の経を誦(ず)し、或は「病即消滅(びょうそくしょうめつ)・不老不死」の詞(ことば)を仰いで法華真実(ほっけしんじつ)の妙文(みょうもん)を崇(あが)め、或は「七難即滅(しちなんそくめつ)・七福即生(しちふくそくしょう)」の句を信じて百座百講(ひゃくざひゃっこう)の儀を調(ととの) へ、有るは秘密真言の教に因(よ)って五瓶(ごびょう)の水を灑(そそ)ぎ、有るは坐禅入定(にゅうじょう)の儀を全(まっと)うして空観(くうがん)の月を澄まし、若(も)しくは七鬼神(しちきじん)の号(な)を書(しょ)して千門に押し、若しくは五大力の形を図して万戸(ばんこ)に懸(か)け、若しくは天神地祗(てんじんちぎ)を拝して四角四堺(しかくしかい)の祭祀(さいし)を企て、若しくは万民百姓(ばんみんひゃくせい)を哀(あわ)れみて国主・国宰(こくさい)の徳政(とくせい)を行なふ。

然りと雖(いえど)も、唯(ただ)肝胆(かんたん)を摧(くだ)くのみにして、弥(いよいよ)飢疫(きえき)に逼(せま)り、乞(こつ)客目(かくめ)に溢れ、死人眼(まなこ)に満てり。臥(ふ)せる屍(しかばね)を観(ものみ)と為(な)し、並べる尸(かばね
)を橋と作(な)す。

観(おもんみ)れば、夫(そ)れ、二離(じり)・璧(たま)を合はせ、五緯(ごい)・珠(たま)を連(つら)ぬ。三宝(さんぽう)世に在(いま)し、百王(ひゅくおう)未だ窮(きわ)まらざるに、此の世早く衰へ、其の法何ぞ廃(すた)れたるや。是れ何(いか)なる禍(わざわい)に依(よ)り、是れ何なる誤りに由(よ)るや。



[通解]


旅客が来て嘆いて言うには、近年より近日に至るまで、天変地夭・飢饉・疫病が遍く天下に満ち、広く地上にはびこっている。牛馬はいたるところに死んでおり、その死骸が道路いっぱいに充ちている。すでに死亡した人々は大半をかぞえ、このような世相(せそう)を悲しまぬ者はただの一人もいない。

そこで、あるいは、「阿弥陀(あみだ)の名号は罪を除く利剣である」との文を専一(せんいつ)に信じて、阿弥陀仏の名を唱え、あるいは、「すべての病が悉く除かれる」という文を信じて、薬師如来(やくしにょらい)の経を口ずさみ、あるいは、「病がたちまち消滅して不老不死の境涯を得る」という詞(ことば)を信じて、法華経の経文を崇め、あるいは、「七難がたちまちのうちに滅して七福を生ずる」という句を信じて、百人の法師(ほっし)が百カ所において仁王経を講ずる百座百講の儀式を整え、またあるいは、秘密真言の教えによって五つの瓶(かめ)に水を入れて祈祷を行ない、あるいは、坐禅を組み入定の形式ばかりを整えて空観にふけり、もしくは、七鬼神の名を書いて千軒の門に貼ってみたり、もしくは、悪魔を払うとされる五大力菩薩の姿を画いて万戸に掲げ、もしくは、天の神・地の神を拝んで、都や町の四方においてお祭りをし、あるいは、国土・国宰など時の為政者が
万民を救済するために徳政を行っている。

しかしながら、ただ心を砕くのみで、ますます飢饉や疫病がひどくなり、乞食(こじき)はあふれ、死人は満ちるばかりである。その有り様といえば、積み上げられた死骸は、あたかも物見台のようであり、すきまなく並べられた死骸は、まるで橋のようである。

考えてみるに、太陽・月・五大星は平常どおり天にある。仏法僧の三宝も厳然と世におわし、また、かつて第五十一代平城(へいぜい)天皇の時に八幡大菩薩の託宣(たくせん)があって、百代の王を守護すると誓ったというが、いまだ百代にもなっていない。それなのにこの世は早くも衰えてしまい、世間の法は何故に廃(すた)れてしまったのか。これは、どのようは禍により、またいかなる誤りによって、生じたことなのであろうか。



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『立正安国論』追記

昨日の内容で大事な部分をあえて言わせてもらいます


「立正」とは 正法(三大秘法)を立てる(広宣流布する)ことであり 国立戒壇を建立する事ではない!!


大聖人様の大願は「広宣流布」です


「国立戒壇」を言い張っている顕正会が頑張れば頑張るほど 三災七難が来るのです

顕正会の広宣流布が近いから災難が起きているのではない! 顕正会が謗法だから災難が起きるのです




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プロフィール

ー 絆∽kizuna ー

Author:ー 絆∽kizuna ー
平成22年2月から2年間 顕正会 にいました

いろんな疑問を抱きながらもウヤムヤにしながらも信じていました

しかし

平成24年3月 顕正会の間違いがわかりウヤムヤが解け

日蓮正宗 宣正寺支部所属 法華講 としてスタートを切りました

7月 派遣先の変更に伴い 法栄寺にてお世話になります


私は アスペルガー症候群 です
気をつけてはいますが 時折 言動で迷惑をかける場合があるかも知れません (といっても荒らし行為には走りませんから これを利用しての荒らし行為者 すぐバレます)

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